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ドキュメンタリスト 阿部和弘

  • Posted by: tetsuo.kato
  • 2009年6月 5日 17:24

何故、彼が面白いのか?

そもそも、僕がインタビューをやってみたいと思ったのは、彼の作品を見た時だった。それを観た時に、作り手の何かドロドロした情熱のようなものを感じたのだ。一方で、彼と話す時は、その情熱を隠すように学生時代と変わらない口調で話す。そのギャップに僕の好奇心は耐えられなかった。

実は、インタビューをやってみた後のことだが、彼のキーワードは知っていても、彼のコンテクストは知らなかったんだな、という痛感が残った。どういう原体験があって、どういう価値観を持って、どんな世界に、どういう立ち位置で、どう取り組もうとしているのか。今、それがどんなふうにまとまりつつあるのか、僕は全然知らなかった。

僕の中では、彼は誰よりも「苦悩」しながら、前に進もうとする男だった。彼は大学時代に哲学を志し、その後、自らの問題意識をドキュメンタリーという形で表現することを決心した。いったい、彼は何をやろうとしているのか?そして、何を考えてきたのか?

芸術というものが自分を自由にさせてくれるような気がする

「多くの人に伝わりやすい例だと思うんだけど、例えば、宮崎駿の映画を観た後って、どこか前向きな気持ちになることがあるじゃないですか。そういう気持ちになることって大切なことだと思う」と彼は淡々と話す。

さらに、彼は隠していた熱を込めるように「芸術というものが自分を<自由>にさせてくれるような気がする。そういった影響をほんの少しでも与えられるドキュメンタリーを創りたい」と語った。

その言葉が口に出るまでにはゆったりとした彼なりのペースがあるのだけれど、その周辺に迷いやとまどいが感じられない。この言葉は、僕に彼がやろうとしている事をわかったような気にさせた。

また、彼は自分の思考を整理するように、「自分をテレビディレクターとはあまり思っていない。ドキュメンタリーを作る人でいたい」と、「ドキュメンタリスト」という言葉を使った。そして、「言葉より濃密な何か」をドキュメンタリーにしたいと語る。この言葉は、まだ抽象的かもしれないけれど、彼の価値観や世界観を鮮烈に表しているように思えた。

では、彼がその熱意を傾けるドキュメンタリーとは何なのか、それを撮るということはそもそもどういうことなのだろうか?

ドキュメンタリーを撮ることで、言葉より濃密な何かをさらに凝縮できるんじゃないか

「あらゆる手段を駆使して取材対象に入り込む」。それがドキュメンタリーを撮りたいという人々に共通する思いなんじゃないかと彼は言う。また限られた時間の中で、「取材対象の事をどれだけ理解しているのか、取材対象の何をどのように表現したいのかを伝えねばならい」と彼は語る。

彼は続ける、「取材対象の長い人生、それを取材というある一定の期間で切り取り、さらに、数十分の映像として編集する」、「ある企画では、半年間の取材、100本近くの60テープ、それが、24分03秒の映像に変わった」。

にもかかわらず、彼は取材対象者から切り取った「映像」はあくまで、「素材」でしかないと言う。映像を見る側からすれば、想像を絶するような熱意と労力を傾けているにもかかわらず、彼はそう言い切る。撮る側からすれば当たり前のことなのだけれどと解説しながら、むしろ、それを使って何を伝えたいか、どう表現したいかが重要だと言うのだ。

ここまでの話を聞いて、何故、彼はそんなふうに自らが向かう道筋を淡々と語ることができるのか?その背景に何があるのか?僕はそれを知りたくてたまらなくなった。彼は、その答えとして、もう10年近く前に見たというドキュメンタリーの事を語ってくれた。

「未来が見えない中卒」が出会った映像

彼は当時の自分を思い起こしながら、「未来が見えない中卒」「自分には何にもなかった。やってやるぞと思う一方で、自信がなかった」と告白する。

そんな彼に対して、彼自身のそういう部分を自由にさせるきっかけになったのが「中国からの贈り物」というドキュメンタリー番組だったと言う。その作品は映像制作の経験もない中国人の女性が、自分と同じように中国から日本へ来た人々の姿、異国で生きているその姿を撮りたいと、何年間にも渡って丹念に追い続けたものだった。

彼は言う「人が変わっていく。それが2時間弱という番組の中で凝縮されて描かれている。顔つきが変わる、風貌がかわる、話す言葉が変わる」と。彼が見た「若者たち」という作品では、親の反対を押し切り、自分の家族を中国に残し日本へ留学してきたある官僚の息子の曲折が描かれていた。彼は日本語もできず、お金もなく、プライドをずたずたに打ちのめされながらも、少しずつ、劇的に、変わっていった。

彼は続ける。「同世代の留学生たちが頑張っている姿、9歳の女の子が中国から日本へ来て頑張っている姿、そういう姿を見ることで、何か変化が起きた。ドキュメンタリーを通じて他人が頑張っている姿を受け入れることで、何か前向きな気持ちになった」。「大学に合格した後のインタビューで官僚の息子が語った「人間として素直になった」という言葉が、言葉以上に、番組の中に凝縮されて表現されていて、それに心動かされたんだと思う」。

そう語る彼を見ると、切り取られ重なった瞬間が彼の原点として、脳裏に焼き付いているように見えた。僕はここまで聞いた所で、どっと疲れが出た。その場がとても、濃密だったからだ。でも、まだ掘り下げたい。それは、彼が特有の感性のようなものをどう磨き続けてきたのか?ということに潜ってみたいのだ。

彼が向き合った根源的な疑問

僕には彼がドキュメンタリストとしてぶれずに歩んでいるように見える。彼は、それには、大学時代を振り返りながら、「あの頃それなりに必死で学問をしたことがあるのかもしれない」と話す。

当時の彼はこう考えていたと言う。「自分とは何なのか。自分がどういう存在なのかわからないし自分を信用できない。自分が当たり前のように話し思考している言葉とは何なのか。当たり前のように考えたり意見をもったり何かを選んだり自分の中に存在しているものって何なのか。そういうことに無自覚でいたくない」と。

大学時代に向き合った疑問。その探求の手段の一つが、学問であり、哲学だったと彼は語る。「社会理論や哲学にはまり、学問を通じて悶々と考えていた。哲学をもっと勉強したかったし研究者になりたいとも思っていた。だから、大学を変わったりもした」、と彼は続ける。

しかし、哲学に向かったエネルギーがどうして、ドキュメンタリーを撮ることへと転換するのだろうか?その橋渡しをしたのは、ドキュメンタリーとは何なのかの追求だった。

ドキュメンタリーとは何なのか

実は、阪大に編入後、彼は研究者として圧倒的に優れていた先輩と出会い、圧倒された経験があった。彼ははっとしたようにこう語った。「今にして思えば、どこからか、自分の探求というより研究者になるために、と勉強していた面もあったのかもしれない。だからその先輩に圧倒されて、勝手に存在を否定されたように感じたことは、結果的には良かったことだったと思う。その前後で、学問をし、自己との対話を続けるという内向きのベクトルから、言葉で表現することやドキュメンタリーを創ることを志向するという外向きのベクトルへゆるやかに変わった気がしている」、と。

彼が哲学を通じて、ドキュメンタリーとは何なのか?という根源的な問いと向き合った結果として、彼が確認できたものは二つあった。

一つ目は、ドキュメンタリーの可能性とでも言うべきだろうか。彼は言う「僕たちも、自らの価値観、生きてきた地域、親の価値観、そういった様々なものに「制約」されながら、存在している」と。また、「そういう制約を抱えて生きている中で、映画や小説といった芸術作品に触れて感動すること、そのことによってそういった制約や日常の当たり前の世界に裂け目が生じる、それが大切と思う」

二つ目は、ドキュメンタリーそのものに対する認識だ。彼は現実を積み重ねたはずのドキュメンタリーを作り手の主観的なもの表現される芸術だと言う。「作り手の視点が向けたカメラにも映像を編集するという作業の中にも、作り手の主観のみで成り立っていて客観性なんてことはあり得ない。ドキュメンタリーは作り手の表現したいものが詰まった芸術作品なんだと思う」、と。

ここは僕の推測でしかないのだけれど、そういった根源的な疑問に向き合ったからこそ、今の彼があるのではないかと思うのだ。真剣に自分を探求した結果、必死に哲学を志した結果として、彼のベクトルの基盤になるような価値観や世界観が形成されたのではないか。それが、今の彼の土台を創ったのではないか。

追記:学生時代の阿部和弘

彼は大学時代の友人の一人なのだけれど、僕には彼が誰よりも悶々としながら学生時代を送っているように見えた。彼に何かを尋ねれば、二日かけて答えるというような不思議な男だった。当時の僕は、彼に「社会性」の欠片も感じなかったことを良く覚えている。もちろん、今思えば、彼なりに問いそのものの意味を問い直したり、言葉を選らんだり、考えたりしていたのだけれど、当時の彼はそれを説明することすらしなかった。

僕が彼を最初にインタビューしようと思ったのは、彼が僕の友人で一番劇的に変化したからだ。僕は彼を見ていて、才能に恵まれているようには思わないし、運が良いとも思わない。だけれども、僕の友人で一番活躍している一人だ。それを可能にしたのは、自分自身を疑いきった結果として残った彼の感性ではないのだろうか。その感性を表現したいという執念、それによって、彼と交わすふとした言葉が僕の思考に刻まれていくような気がしている。

阿部和弘プロフィール

1981年 神奈川県横須賀出身。

大検を経て、立命館アジア太平洋大学に入学。哲学を志し、大阪大学人間科学部に編入、記号論、芸術哲学を専攻し、同卒業。

卒業後、映像プロダクションに入社。現在は、フリーで主にドキュメンタリーの制作に携わり、「ガイアの夜明け」や「情熱大陸」等の番組を担当してきた。

阿部の素顔

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